大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)2719号 判決

被告人 吉村俊一

〔抄 録〕

一、本件公訴事実は「被告人は、多数の学生らと共謀のうえ、昭和四三年九月一二日午後四時三五分ごろ東京都千代田区神田神保町一丁目四番地先路上において、多数の学生らによる集団示威運動に伴う違法事犯の防止、検挙の任務に従事していた警視庁第五機動隊第二中隊長警部川端勲指揮下の多数の警察官に対し、コンクリート片を投げつけて暴行を加え、もつて右警察官の前記職務の執行を妨害したものである。」というのであるが、原判決は被告人が右日時ごろ同区神田神保町一丁目七番地または九番地附近の路地にいた第二機動隊、即ち公訴事実にいう第五機動隊以外の機動隊の警察官に対して一回投石したことを肯定したけれども、公訴事実にいうごとく第五機動隊第二中隊所属の警察官に対して被告人がコンクリート片を投げつけて暴行を加えた行為は、犯罪の証明がないとして無罪の言渡をしたのである。

二、ところで原審記録の各証拠、証拠物および当審における事実取調の結果によれば、本件公訴事実に関しては、少くとも次の各事実は真実として認めうるところである。

(一) 被告人は昭和四三年九月一二日日本大学全共闘会議主催のデモに参加し、同日午後四時二〇分すぎ明大通りから駿河台下交差点に至り、これを右折して靖国通りに出て神保町交差点に向い神田神保町一丁目一番地、三番地附近(靖国通り道路に面する神田神保町一丁目一番地、三番地の道路向側は同一丁目二番地、四番地であり、後記のごとく被告人が逮捕された場所は右四番地である)を進行した(被告人は神田神保町一丁目一番地、三番地を通りすぎて神保町交差点附近まで進行したという)。

(二) その際の被告人の服装は、黒セーター、黒ズボンを着用して、社学同の表示のある赤色ヘルメツトを冠り、軍手をはめ、首にタオルを巻き、ズツク靴をはき、なお角材および投石用の石類(被告人は一個であつたという)をもつて、デモ隊の第一梯団の中に交つていた。

(三) 第一梯団のデモ隊員(被告人は約六〇〇名という)の相当数は、後方から第五機動隊(その人員は四六〇名で、そのうち第二中隊は五四名)に、また前方、右側方から他の各機動隊に規制されたが、その前後、これらに向つて投石などした。

(四) 第五機動隊第二中隊第一小隊長石川清、同小隊第三分隊長穂満弘二両名は、神田神保町一丁目四番地先路上において被告人を公務執行妨害などの現行犯として逮捕した。

三、しかし原審は、前掲二のごとき事実が認められるのに公訴事実記載の日時、場所において被告人が第五機動隊第二中隊に投石した事実は未だ認められないとして直ちに無罪の判断を下したのであるが、記録によると、右投石の事実を窺わしめるような証拠もないわけではないばかりでなく、仮にこの点に関する原判断に誤りがないとしても、前記のごとく本件公訴事実は被告人が多数の学生らと共謀のうえ、右犯行に及んだことを対象としている以上(原審公判において起訴の趣旨は被告人を実行正犯としたものであり、共謀の点は公訴事実として本質的なものではないとの特段な釈明がなされた形跡はない)、原審としては進んで共謀の事実の詳細および前記の日時、場所において被告人以外のものが被告人の共犯者として第五機動隊第二中隊所属の多数の警察官に対して投石した事実も認められないことを確定した上でなければ、無罪の言渡をなしえなかつた筈である。

従つて原審が、これらの点についての適切な釈明を行わず、十分な審理を尽さずこれに関する判断を示さずして直ちに被告人に無罪の言渡をしたのは、審理不尽に基ずく理由不備ないし事実誤認の疑いがあり、結局論旨は理由があるに帰する。

(江崎 竜岡 藤野)

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